2002年02月20日

徳川女刑罰絵巻 牛裂きの刑(監督・牧口雄二/1976)

▼新文芸坐オールナイトプログラム「激レア!蔵出し!福袋(3)東映カルトBIG2 石井輝男VS牧口雄二」にて(2001/10/20)

 たいへんな内容であることを容易に予感させるタイトルである。う、牛裂きかよ! そしてタイトルバックは、この手のグロ映画にはおなじみ、本編とは関係ない戦争の実写スチールや処刑映像なのだった。
 最初に断っておくと、これはなんの脈絡もない2編の物語が1つのタイトルに収まっているという、へんな構成の映画。いったいどっちがやりたかったのか。いや、どっちもやりたかったんだとは思うが。個人的には、今回見た4本の中でもエグさはこれが一番だった。
 前編はキリシタン弾圧がテーマの陰鬱な内容。処刑を監督する奉行がとにかく残虐非道なのだ。毎日毎日、残虐な刑を執行しているくせにそれすらも飽きてしまい、部下に「もっとおもしろい拷問はないのかい」などと言い放ち、精力増強(?)のために生きたイモリをバリバリ食らう。不快度メーターも振り切れるほど嫌なおっさんだ。
 そしていろいろと新しい拷問・処刑が披露されるのだが、生きたまま蒸し焼き(信楽焼の狸に詰め込まれている)、人間バーベキュー、蛇責めなどはまだ正視に耐えられる。目をそむけたくなるのが、足をハンマーで叩き潰すシーンだ。極悪奉行はそれを見て「キリシタンでも血は赤いのう」、そしてめりめりと骨を引っこ抜き、「じゃが、骨は白い」。うぎゃぁ、悪趣味にもほどがあるぞ。画面もグロいが、私もグロッキーだ。
 隠れキリシタンの娘と、自分の部下が互いに愛しあっていることを知り、わざと処刑から助けだして自分の側室とし、毎晩ねちねちと責め苛む奉行。恋人の部下を寝室の側に仕えさせ、わざと娘の悲鳴を聞かせるあたり、どこまでもサディスティックなオヤジである。
 思い余ってふたりは手に手をとり合い逃げ出すが、やっぱり捕まってしまい、娘は牛裂きの刑にかけられることに。戸板に四肢を固定され、両足をそれぞれ逆方向に牛に引かれて股から裂けてゆくというものだが、娘の身体がびくびくと痙攣し、血と臓物がドロドロと流れ出す瞬間はスローモーションで見せられる。狂喜乱舞する奉行。ここまで鬼畜なことばかりしておいて、ラストは「この後、邪宗取り締まりの巧により、大名に取り立てられた」という救われないオチ。何ともブルーな気分にさせてくれるね。
 そして、唐突に前編とはなんの関係もない後編が始まる。こちらは故・川谷拓三主演のロードムービー。エグさでは前編に負けておらず、観終わった直後は嫌〜な気分になるが、不思議と後からしみじみとあたたかいものが湧き上がってくる名作。これもやはり拓ボンの名演技の賜物であろう。
 支払いをばっくれて女郎屋で豪遊するつもりが、結局ばれて下働きとして働くことになった男(拓ボン)。しかし恋人の女郎を足抜けさせようとして捕まった男への見せしめとして、その男の性器を切り落とさせられ、つくづく嫌になった拓ボン、惚れた女郎を死体桶に隠して店から逃げ出す。その後はケンカをしつつも詐欺や美人局をしながらあてもなく暮らしてゆくのだが、ひょんなことから人を殺してしまい捕まってしまう二人。水責め、石抱き、乳首をひねり千切られるなどの拷問を受けるが、「わし一人でやったんや〜」と惚れた女をかばう拓ボンの男意気にはちょっと感動すら覚える。
 結局、二人とも鋸引きの刑が言い渡され、「アンタと二人で良かった」なんてちょっといいシーンがあるのもつかの間、土壇場で女はもとの女郎屋に戻され、拓ボン一人になってしまう。鋸引きの刑とは、町中で首枷に拘束されホッタラカシにされ、道行く人が自由に竹の鋸で罪人の首をギコギコやってよしという形式的なものだが、やっぱり生きてる人間の首を切れない竹鋸でゴリゴリしようなどという物好きはいないもので、ふつうはしばらく見世物にされたあと磔にかけられるものらしい。しかしそこへ、ちょっと頭のおかしい酔っぱらい(これはたぶん拓ボンに一物を切り落とされた元女郎屋の男)が通りかかったからたまらない。「切っれたらいいな〜♪」と能天気な歌を口ずさみつつ、竹鋸でギッコギッコやりだす。飛び散る肉片、血がびしゃびしゃ。
 ラストは、元の女郎暮らしに戻った女に、あの世から「ワシの分まで精一杯生きてや」と拓ボンの声が。あぁ、なんかちょっと、泣けた(笑)。

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posted by bambi at 10:33 | LOG #た-と
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